今日は憲法記念日ー緊急事態条項について考える

 今日は憲法記念日。今年も各地で憲法改正を求める集会が行われました。

 憲法改正を唱える人の中には,これまで一度も改正されなかったのはおかしい,と言う人もいるとか。

 でも,憲法はファッションではないのですから,変える必要がなければ何百年でも変えなければよいわけで,変える必要性を説得できなかったご自分たちの力のなさを棚に上げて責任転嫁した言葉としか思えません。

 そもそも,何かを変えたいと思えば以下のことを提示して,変える立場にある人たちを説得し,納得させる必要があります。

 

一 問題の所在

 つまり,問題がありますよ,ということ。

二 解決策

1 提示した解決策が一の問題解決にもっとも適していること。

  何事であれ変えるという作業はそれなりのコストを要しますので,そのコストが得られるメリットに比べれば少なく,かつ他に想定しうる解決策に比べても少ない,ということもここに含まれるでしょう。

 2 その解決策を取ることによって新たに発生すると予想される問題について,そのような問題は実際には発生しない,または発生しても対処可能等で,その解決策を取ることによって得られるメリットに比べればデメリットは少ないこと。

 

 改憲論者は,これまで一については声高に様々述べてきましたが,二についてはからきしダメだったように思えます。

 たとえば,自民党は2012年に発表した憲法改正草案で、次のような条文を提案したそうです。

 

 第98条(緊急事態の宣言)

 1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

 2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。

 3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。

 4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

第99条(緊急事態の宣言の効果)

 1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

 2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。

 3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。

 4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

 

 2012年といえば,民主党政権の時代です。もし当時この条項があったらどうなっていたでしょうか。

  東日本大震災の翌年ですから,緊急事態の宣言を発する口実はありました。

 国会の承認を得なければなりませんが,事後でも良いのです。いつまでに得なければならないという期限はありません。得られそうになければ承認案提出は留保してゆっくり根回しをし,得られそうになってから承認案を提出すればよいのです。民主党衆議院の過半数を制していましたから,衆議院では承認を得られたでしょう。98条4項の規定では予算の決め方についての条文である60条2項を準用していますから,これを加味して98条4項の規定を表現すると「参議院衆議院と異なった議決をした場合に,法律の定めるところにより,両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき,又は参議院が,衆議院の可決した承認案を受け取った後,国会休会中の期間を除いて5日以内に,議決しないときは,衆議院の議決を国会の議決とする。」となります。つまり参議院の承認は実は必要ないのです。5日間だけ牛歩戦術でも何でもやって議決させなければ自然成立してしまうのです。

 いったん成立してしまえば,99条1項により「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」のですから,もう国会など召集する必要はありません。野党にうるさいこと言わせずとも「法律と同一の効力を有する政令」を好きなように制定すればよいのです。名誉革命前のイギリスの絶対王政のような時代に21世紀の日本は逆戻りすることになったでしょう。

 99条4項の規定は,元来は緊急事態の最中に選挙などやっていられないという趣旨の規定でしょう。緊急事態宣言が効力を有する期間,衆議院は解散されませんし,衆議院の任期及びその選挙期日の特例を設けることができるというのですから,国民にいくら嫌われようと選挙をせず居座ることも可能です。なるほど,「法律の定めるところにより」とはありますが,同条1項により「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」のですから,仮にその点につき法律ができなくとも内閣が「法律と同一の効力を有する政令」を制定すればよいと解釈できます。

「百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない」ということになってはいますが,国会議員は大体選挙などしたくありませんし,当時は選挙をすれば自分は国会議員の地位を失うだろうと思っている議員も多かったでしょうから,選挙をすれば自分たちが勢力を伸ばせると確信している少数の議員を除いて皆承認したでしょう。民主党が過半数を占めていた衆議院さえ承認すれば参議院の意向はどうあれ容易に自然成立させられたであろうことは既に述べたとおりです。

 つまり,2012年当時この条項があったら,民主党政権が現在も継続し,自民党の政権復帰もアベノミクスもなく,それどころか,国会が開かれず内閣の専断で国政が動く絶対王政のような体制のもと,野党である自民党は国会での発言の機会さえろくにないという状況におかれていたであろう,ということになります。

 そんな自分の墓穴を掘るような改憲案をよく出したものだ,と思います。

 

 もちろん,自民党がこの改憲案を出したのはそのような結果を望んだからではないでしょう。「想定する力」が足りないからだと思います。このような条文があれば,民主党政権ならどうすることがありうるだろう,と想定し,不都合が予想されるならその対策をする,という力が不足しているからだと思います。

 ところで,危機管理というものは,「想定する力」なしにはできません。たとえば火災であれば,まず火災の発生を想定し,具体的にどのような状況がありうるか想定しなければ話になりません。想定した上で,スプリンクラーその他の消火設備を備えるとか,警報装置を備えるとか,対処法を考案して訓練を行っていざ火災が起きたらどうするかということを一人一人にまで徹底させるとか,そういう事前の準備を行って初めて火災に対処できます。

 しかるに,このような条文があれば民主党政権ならどうすることがありうるだろう,と想定できない人が,このような危機が起きたらどうなることがありうるだろう,このような対処法をすればどうなることが起きうるだろう,などと想定できるはずがありません。

 ご自分たちに危機を想定する能力がないことはご当人たちも自覚しているのでしょう。だから,想定外は常にあり得る,などと言って安易に緊急事態条項など持ち出してくるのです。

 しかし,先の火災の例で言えば,事前の準備を怠っておきながら,いざ火災が発生したときになって「おれに何でも従え」と言ってみたところで,何の役に立つのでしょうか?

 あらゆることを事前に想定し,準備しておく以外に危機管理の対処法はありません。事前に準備しておけば命令などなくても各人が自らすばやく事前に決められたとおりに対処するでしょう。もっとも効果的です。

 ただ,大変な作業であることは間違いありませんし,コストもかかります。しかもかけたコストは危機が起きなければムダになります。緊急事態条項など唱えるのは,そういう面倒くさいこと,コストがかかることはしたくないから,そしてそもそも事前の想定をする能力もないからだと私は思います。

 そのような人たちの口車に乗って緊急事態条項など作れば,「いざとなったら緊急事態条項で対処すればいいや。」と危機管理の対処は先送りされてしまうでしょう。緊急事態条項は国民の安全を危険にさらします。絶対に阻止すべきです。