定数是正と参議院

 衆議院が解散され,連日選挙の話題がマスコミを賑わしています。その陰で,都会と地方とで1票の価値に差があり不平等だとして訴訟を起こそうとする動きがあるようです。1票の価値の不平等は長く問題とされてきたにもかかわらず,すっきりと解決の方向へ向かう様子は見えません。どうしたらよいのでしょうか? 私は参議院という存在に解決の鍵があると考えます。

 参議院は無用であるとする議論があります。フランス革命当時の代表的知識人の一人であるアベ・シェイエスは

「第二院は何のためにあるのか。同質ならば無用,異質なら有害である。」

と述べたそうですが,衆議院参議院とはどちらも民主的に議員が選出される議院であり「同質」ですからシェイエスの観点からは「無用」ということになりそうです。

 シェイエスより40年ほど前の時代に三権分立を唱えたことで著名な「法の精神」を執筆したモンテスキューは,同じ著書の中で二院制についても議論しています。その趣旨を私なりに現代風に「超訳」すると,要するに第二院とは少数派(マイノリティ)のためのものだというのです。人間はその有する個性にかかわらずすべて等しく尊厳ある存在であり,これが選挙制度上では一人一人が1票を平等に有するという形で現れます。しかし現実の人間は個性ある存在であり,ややもすれば似た個性の者同士が党派を形成しがちであって,その結果多数の党派を形成した者たちが,数の力で少数派の人権を侵害することがありえます。そこで,ある社会においてそのような人権侵害を受ける可能性がある少数派が存在する場合に,そのような少数派の意思を優遇して反映する第二院を置き,第一院の多数派が少数派の人権を侵害するような法律を制定するのを阻止できる権能を持たせて,彼らを保護するのです。しかしそのような第二院は民主的な議院であるとはいえませんから,あくまでも第一院の法律制定を阻止する権能を有することで足り,自ら法律を制定する権能までを持たせてはならないというのです。

 この議論からすると,現代の参議院憲法上は「少数派」を優遇するような選出方法は定められていませんから,やはり「無用」と言わざるを得ません。聞くところによると,GHQが作成した憲法草案では当時の大日本帝国憲法明治憲法)で設置されていた貴族院を廃止して一院制にすることになっていたところ,当時の日本政府側が議員や関係職員のリストラに反対してこれを回避するために参議院を設置することにしたという経緯があるようです。仮にそうではなかったとしても,存在理由のはっきりしない参議院の存在は,現行憲法の欠陥の一つと私は考えます。

 では参議院を廃止して一院制にするのがよいのでしょうか? それは結局,第二院を設置してまで保護すべき「少数派」が現代日本に存在すると考えるか否かということ帰せられるでしょう。モンテスキューが想定した「少数派」とは当時の貴族だったので,シェイエスに「異質なら有害」の一言で切り捨てられてしまいました。しかし現代日本にはそのような「少数派」が存在すると私は考えます。それは「地方」です。

 たとえば,鳥取県の人口は60万人ほどで,日本全国の人口の二百数十分の一しかいません。彼らに国会議員を1人選出する権能を与えるとすると,全国民を平等に扱おうとすれば,全部で二百数十人の国会議員を1回の選挙で選出できなければなりません。参議院だと憲法上一度に半分しか改選しない定めになっていますから,単純に考えれば全議員数はその2倍,四百二,三十人ほど必要ということになります。国会議員数を上記の人数より少なくするのであれば,鳥取県民だけで1人の国会議員を選出する権能を与えるのは全国民の二百数十分の一でしかない「少数派」に対する優遇になってしまいます。しかし,そのような「優遇」を許さない,即ち,おそらくは地域の実情も利害も異なるであろう他府県民と一緒でなければ1人の国会議員を選出することもできないとすることに問題はないのでしょうか? 私は,この点は「少数派」に配慮すべきではないかと考えます。多くの国会議員もそう考えるからこそ,長く定数是正が徹底されなかったのであって,必ずしも自分たちの利害だけが原因ではなかったのではないかと思います。

 しかし,このような優遇を選ばれる側の国会議員だけで決めてしまうのは問題があります。憲法は,既に多くの方が指摘するとおり,1票の平等を定めているのであって,かかる優遇はその重大な例外になりますから,その定めもまた憲法によらねばなりません。憲法を改正して参議院を廃止し,「少数派」の地方に配慮した方法で所属議員を選出する,全国民ではなく各地方を代表する第二院を創設し,その所属議員の選出方法も具体的に憲法に規定すべきです。そしてそのような第二院を創設すること及びその所属議員の選出方法について,憲法改正手続の中の国民投票という形で国民自らの了承を得るべきです。このようにして初めてかかる優遇は憲法上の正当性を得られるのです。こうして地方という「少数派」に対する配慮を確保した上で,第一院である衆議院では厳格に1票の平等を求めるべきです。

 では具体的な条文はどうあるべきか? それについては次回に論じたいと思います。